腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸といえば、酪酸の名前がよく挙がります。けれども、大腸でつくられる量でいえば、多い順に酢酸、プロピオン酸、酪酸です。ここでは、あまり話題にならない二番手のプロピオン酸について、誰がつくり、つくられたあとどこへ行くのかを見ていきます。
短鎖脂肪酸の中の「二番手」です
大腸に届いた食物繊維は、そこに住む菌によって発酵され、短鎖脂肪酸に変わります。代表的なのが、酢酸、プロピオン酸、酪酸の三つです。大腸の中での割合は、おおよそ6対2対2といわれます。
三つの違いは、骨組みになる炭素の数です。酢酸は2つ、プロピオン酸は3つ、酪酸は4つ。たった一つずつの違いですが、つくる菌も、つくられたあとの行き先も、それぞれ違います。
プロピオン酸という名前は、ギリシャ語の「最初の」と「脂」を組み合わせたものとされます。脂肪酸らしい性質を示すもののうち、いちばん小さいものだったことから付いた名前です。
身近なところでは、パンや洋菓子の保存料として使われるプロピオン酸カルシウムの名前で見かけることがあります。カビが増えるのを抑える性質があるためです。腸の中でも、同じ物質が菌によって毎日つくられています。
短鎖脂肪酸は、名前のとおり炭素の鎖が短い脂肪酸のことです。油や脂に含まれる脂肪酸は炭素が十数個つながっているものが多いので、それに比べるとずっと小さな物質です。小さいぶん水に溶けやすく、腸の壁から吸収されやすい性質を持っています。
つくっているのは、主にバクテロイデスの仲間です
酪酸をつくる菌が限られた顔ぶれであるのに対して、プロピオン酸をつくる菌はもう少し広く分かれています。その中心にいるのが、バクテロイデスの仲間です。
2014年に英国の研究グループは、腸内細菌の遺伝子を調べ、プロピオン酸をつくる道筋が少なくとも三つあることを整理しました。そのうち、ブドウ糖などの糖から出発する場合の主な道筋は、コハク酸を経由するものだと結論づけています。この道筋を持つのは、主にバクテロイデスの仲間と、ベイロネラなど一部の菌です。
バクテロイデスの仲間は、いろいろな種類の食物繊維を分解できることで知られています。豆、穀物、野菜など、植物の細胞壁に含まれる繊維を幅広く受け取り、その一部をプロピオン酸に変えています。
プロピオン酸の量は、こうした菌がどれだけいて、どれだけ材料が届くかで変わります。同じ人でも、食べたものによって日ごとに揺れ動いています。
バクテロイデスの仲間は、大人の腸でもっとも多い菌のグループの一つです。プロピオン酸の量が人によって違う理由の一つは、この仲間がどれくらいの割合で住んでいるかが、人によって違うことにあります。
乳酸やコハク酸を受け取る道もあります
残りの道筋のひとつは、ほかの菌がつくった乳酸を受け取って、プロピオン酸に変えるものです。チーズの中でプロピオン酸菌が乳酸を受け取るのと、考え方は同じです。ただし、腸の中でこの道筋を持つ菌は少なく、量としては小さいとみられています。
もうひとつは、フコースやラムノースといった少し変わった糖から出発する道筋です。フコースは、腸の壁をおおう粘液にも含まれている糖です。
また、コハク酸をつくる菌と、そのコハク酸を受け取ってプロピオン酸に変える菌が、別々であることもあります。酪酸の受け渡しと同じように、プロピオン酸も菌から菌への受け渡しを経てできあがることがあるということです。
ひとつの物質の後ろに、いくつもの菌と、いくつもの道筋が隠れています。腸内細菌の話が単純になりにくいのは、このためです。
どの道筋が多く使われるかは、届いた材料によって変わります。糖が多ければコハク酸の道が、乳酸が多く出れば乳酸の道が使われやすくなる。菌は、手元に来たものを使って、できる仕事をしているということです。
つくられたあとは、肝臓へ運ばれます
三つの短鎖脂肪酸は、つくられたあとの行き先も違います。酪酸は、その多くが大腸の壁の細胞にエネルギー源として使われます。酢酸は、比較的多くが全身へ運ばれます。
プロピオン酸は、大腸の壁から吸収されると、血液に乗ってまず肝臓へ運ばれます。そしてその多くが肝臓で取り込まれ、ブドウ糖をつくる材料などとして使われます。全身をめぐる血液の中に残る量は、わずかです。
つまり、菌がつくったものが、腸の中だけで終わらず、肝臓という別の臓器の仕事の材料になっているということです。菌がつくり出したものに目を向ける考え方を、私たちはバイオジェニックスと呼んでいます。
プロピオン酸が体の中でどのような役割を持つのかは、いまも研究が進められている分野です。動物での結果がそのまま人に当てはまるとは限らないため、慎重に読み解く必要があります。
肝臓へ運ばれる途中の血管は、腸と肝臓を直接つないでいる特別な通り道です。腸で吸収された栄養の多くは、全身をめぐる前に、まずこの道を通って肝臓に届きます。プロピオン酸も、その流れに乗っています。
量を決めるのは、届く材料と菌の顔ぶれです
では、プロピオン酸の量は何で決まるのでしょうか。一つは、大腸に届く材料です。食物繊維の種類によって、発酵されたときにできる短鎖脂肪酸の割合は変わります。
もう一つは、その人の腸に住む菌の顔ぶれです。同じ食物繊維をとっても、受け取る菌が違えば、できるものも違ってきます。同じものを食べても結果が人によって違うのは、このためです。
特定の食品でプロピオン酸だけを増やす、という考え方は現実的ではありません。それよりも、豆、穀物、野菜、海藻など、いろいろな種類の繊維を届けることが、さまざまな菌に仕事を渡すことにつながります。
酢酸、プロピオン酸、酪酸。名前は似ていても、三つはそれぞれ別の菌の、別の仕事の結果です。腸の中の発酵は、多くの菌の分業で成り立っています。
短鎖脂肪酸は、腸の中を弱い酸性に保つことにも関わっています。三つのうちどれか一つを狙うより、発酵そのものが滞りなく続くことのほうが、腸の中の環境にとっては大きな意味を持ちます。