納豆をかき混ぜると、白い糸がどこまでも伸びていきます。あのネバネバは、大豆からしみ出しているように見えますが、実は豆のものではありません。納豆菌が、自分の体の外につくり出したものです。ここでは、ネバネバの正体と、菌がそれをつくる理由を見ていきます。
ネバネバの正体は、菌がつないだ鎖です
納豆のネバネバの主な成分は、ポリグルタミン酸と呼ばれるものです。うま味のもとして知られるグルタミン酸が、長い鎖のようにいくつもつながった形をしています。
この鎖をつくっているのは、大豆ではなく納豆菌です。納豆菌は、大豆を材料にして増えながら、自分の外へこの鎖を出していきます。ネバネバには、果糖がつながったレバンという成分も混ざっていて、糸の性質に関わっていると考えられています。
煮豆をそのまま置いておいても、あの糸は出てきません。糸があるということは、菌が働いた跡があるということです。納豆の見た目の一番の特徴は、菌がつくったものそのものだと言えます。
ポリグルタミン酸は、納豆以外の分野でも注目されてきた成分です。水を抱え込む性質を生かして、化粧品や食品の素材として研究されてきました。もとをたどれば、どれも納豆菌がつくり出したものです。菌がつくる物質が、人の暮らしのいろいろなところで使われている一つの例と言えます。
なぜ菌はネバネバをつくるのか
菌にとって、外にネバネバを出すことには何の意味があるのでしょうか。はっきりと一つに決まっているわけではありませんが、いくつかの見方があります。
一つは、乾燥や周りの変化から身を守るためという見方です。ネバネバは水を抱え込む性質を持っているので、菌の周りを湿った状態に保ちやすくなります。もう一つは、栄養をためておくためという見方です。外に出した鎖は、まわりの材料が少なくなったときに、また自分で分解して使えると考えられています。
いずれにしても、ネバネバは菌が自分の暮らしのためにつくっているものです。人が食べるために出しているわけではありません。それを人が食べ物として受け取ってきた、という順番になります。
菌が外に何かを出すのは、納豆菌に限ったことではありません。多くの菌が、身を守るため、まわりの材料を取り込むため、あるいは仲間と集まって暮らすために、さまざまなものを外へ出しています。菌の暮らしは、体の中だけで完結していないということです。
ネバネバの量は、つくり方で変わります
同じ納豆でも、糸がよく引くものと、あっさりしたものがあります。この違いは、どの菌を使うかと、どう育てるかで生まれます。
納豆菌は枯草菌の一種ですが、同じ枯草菌でも株が違えば働きが違います。ネバネバをたくさん出す株もあれば、控えめな株もあります。メーカーが株を選ぶときには、糸の引き方も大切な目安の一つになっています。
育てる温度や時間、豆の種類や大きさによっても変わります。ひきわり納豆は、豆の表面が増えるぶん、菌の働き方も粒の納豆とは少し違ってきます。糸の具合は、菌と材料と環境の組み合わせで決まるということです。
家庭で納豆をつくってみると、この違いがよくわかります。温度が低すぎると菌が十分に増えず、糸もあまり引きません。逆に温度が高すぎたり時間が長すぎたりすると、においが強くなります。納豆づくりは、菌が働きやすい条件をどう整えるかの作業でもあります。
混ぜるほど糸が増えるのはなぜか
ここで一つ、身近な疑問に触れておきます。納豆は混ぜれば混ぜるほど、糸が増えて白っぽくふわふわになります。混ぜている間に、菌がネバネバを増やしているのでしょうか。
実はそうではありません。混ぜるのは、食べる直前のほんの数十秒です。その間に菌が新しく鎖をつくるわけではなく、もともとあった鎖が引き伸ばされ、絡み合い、空気を抱き込んでいると考えられます。白っぽく見えるのは、細かな泡が混ざっているためです。
何回混ぜるのがよいかについては、好みの問題が大きいところです。ふわふわが好きな方はよく混ぜ、粒の歯ごたえを残したい方は軽く混ぜる。どちらが正しいということはありません。
よく混ぜた納豆のほうがおいしく感じられるという方は多いと思います。糸がふわふわになることで、口当たりがやわらかくなり、たれがからみやすくなることも関係しているのでしょう。混ぜることで変わっているのは、主に食感と味のからみ方だと考えるとわかりやすくなります。
菌が外に出すもの、という見方
納豆のネバネバを見ていくと、発酵食品の別の見方が開けてきます。食べ物の中で菌が増えると、菌の体だけでなく、菌が外に出したものも一緒に食べ物の一部になるということです。
菌の働きを、生きた菌そのものだけで考えるのではなく、菌がつくり出したものまで含めて見る。この考え方を、私たちはバイオジェニックスという言葉で扱っています。納豆の糸は、その一番わかりやすい例の一つです。
枯草菌の仲間は、芽胞という丈夫な形をとることでも知られていますが、食卓で目に見える形で働きを示してくれるのは、やはりこの糸です。次に納豆を混ぜるときは、目の前で伸びていく糸が、菌の暮らしの跡だと思って眺めてみてください。
納豆を食べるときに目に入る糸は、腸の中で何かをするために用意されたものではありません。けれども、菌が働いた結果がそのまま食べ物になっているという点で、発酵食品とは何かをよく教えてくれます。菌そのものと、菌がつくったもの。その両方を見る目を持っておくと、ほかの発酵食品も違って見えてきます。