暑さで食欲が落ちて、そうめんや冷たい麺で済ませる日が続く。夏にはよくあることです。ただ、このとき減っているのは食事の量だけではありません。食べるものの種類も一緒に減っています。なかでも腸内細菌にとって影響が大きいのが、食物繊維です。繊維は私たち自身の消化酵素では分解できず、大腸まで届いて菌の材料になります。その材料が届かなくなったとき、菌は何をしているのか。夏の腸のなかを、微生物検査の現場の視点から見ていきます。
減っているのは、量だけではありません
暑い日が続くと、食卓が簡単になっていきます。そうめん、冷やし中華、冷たい飲み物。作るのも食べるのも負担が少なく、この時期には自然な選択です。
ただ、このとき減っているのは食事の量だけではありません。食べるものの種類も、一緒に減っています。副菜が消え、汁物が消え、根菜や豆や海藻が食卓から抜けていきます。
なかでも腸内細菌にとって影響が大きいのが、食物繊維です。食物繊維は、私たち自身の消化酵素では分解できません。だからこそ小腸で吸収されずに大腸まで届き、そこにいる菌の材料になります。繊維は人の食べ物というより、菌の食べ物だと言ったほうが実態に近いかもしれません。
試しに、ふだんの一日と真夏の一日を並べてみるとわかりやすいかもしれません。ごはんに味噌汁、煮物、納豆、ひじき。この献立には、豆にも海藻にも根菜にも繊維が入っています。これがそうめんと麦茶だけになると、届く材料はほとんどゼロに近づきます。減ったのは一食の量というより、材料の種類そのものです。
そうめん一杯に、繊維はほとんど含まれていません。冷たい麺の日が続くということは、菌のところへ届く荷物が、何日も減り続けているということです。
材料が来ないとき、菌は別のものを食べはじめます
では、荷物が届かなくなった菌はどうなるのか。飢えて減っていくだけかというと、そう単純ではありません。
腸の壁は、ムチンと呼ばれるぬるぬるした粘液の層に覆われています。細菌が腸の細胞に直接触れないようにしている、内側の防護服のようなものです。そしてこの粘液も、糖を含んだ物質でできています。
腸内細菌のなかには、もともとこのムチンを分解して利用できるものがいます。ふだんは食事から来る繊維のほうが手に入りやすいので、そちらを優先しています。ところが繊維が長く不足すると、粘液層のほうへ寄っていくことが動物実験で報告されています。防護服が薄くなる方向に働く、ということです。
粘液層が薄くなると、腸の細胞と細菌の距離が近づきます。ふだんは物理的に隔てられているものが、そうでなくなるということです。そこから先で何が起きるかは条件によって変わるため断定的なことは言えませんが、少なくとも腸にとって望ましい方向ではありません。
もっとも、これは繊維をほとんど与えない条件での実験で、数日そうめんが続いた程度の話とそのまま同じではありません。ただ、菌が材料の有無によって行き先を変えるという性質そのものは、知っておいてよいことだと思います。腸内細菌は、決まったものだけを食べ続けているわけではないのです。
受け渡しの線が、途中で細ります
もうひとつ起きるのが、つくられる物質が減ることです。
繊維はまず、それを切り出せる菌によって細かく分解され、乳酸や酢酸に変わります。それを別の菌が受け取って、酪酸へと変換していきます。菌から菌への受け渡しで、短鎖脂肪酸はその終点にあたります。
この線は、入口の材料が細れば、そのまま全体が細ります。第1走者に渡すものが無ければ、第2走者にも第3走者にも回りません。誰か一人が休んだのではなく、リレー全体が薄くなる、という言い方が近いでしょうか。
とくに酪酸は、大腸の細胞が自分のエネルギーとして使っている物質です。腸の壁は、外から運ばれてくる栄養だけでなく、そこに住む菌がつくるものにも支えられている。そう考えると、材料が細るという出来事は、思っているより腸のすぐそばで起きていることになります。
しかも、どこがいちばん先に細るかは人によって違います。手持ちの菌の顔ぶれが違えば、同じように食が細っても、腸の中で起きることは同じにはなりません。夏に調子が変わったと感じる人と、あまり変わらない人がいるのは、そのあたりの事情もあるのだろうと考えられます。
冷たいものが悪い、という話ではありません
ここで、ひとつ切り分けておきたいことがあります。
夏の不調は、しばしば冷えで説明されます。冷たいものの摂りすぎでおなかが冷える、という筋道です。それも要素のひとつではありますが、ここまで見てきたのは温度の話ではありません。材料の話です。
同じ冷たい麺でも、薬味と海藻とゆで卵が乗っているものと、麺とつゆだけのものとでは、菌のところへ届く荷物がまったく違います。それでいて、温度は同じです。冷たいという一点で夏の食事をひとまとめにすると、この違いが見えなくなってしまいます。
もちろん、冷たいものばかりで胃腸に負担がかかることはあります。申し上げたいのは、温度と材料は別々に見たほうがよい、ということです。
そう考えると、暑いなかで無理に温かいものを食べようとするより、冷たいままでいいので何を足すかを考えるほうが、現実的で続けやすいのではないでしょうか。
食べられない時期の、足し方
最後に、実際にどうするかです。要点は、量を元に戻そうとしないことだと思います。
汁物を一杯足す。わかめ、なめこ、オクラ。冷たいままの味噌汁でも構いません。薬味を増やす。みょうが、大葉、ねぎ、しょうが。ひとつまみでも種類は増えます。麺の上に乗せる。納豆、めかぶ、もずく、温泉卵。作る手間はほとんど変わりません。あとは果物をひとつ。バナナやキウイなら、食欲がない日でも入りやすいはずです。
もうひとつ、食べられない時期こそ一日のなかに散らすと入りやすくなります。朝に果物、昼の麺に一品、夜に汁物。一度にまとめて食べようとすると、それ自体が負担になってしまいます。
どれも一品を足すだけで、食事を作り直すわけではありません。菌にとっては、量よりも種類が届くことのほうが意味を持ちます。届く荷物の種類が増えれば、動ける走者も増えます。
ただし、いま自分の腸で何が細っているのかは、外からは見えません。夏のあいだの不調が長引くようであれば、正規取扱店のカウンセラーに相談してみてはいかがでしょうか。ふだんの食事を聞いたうえで、足りていないところから一緒に考えてもらえます。