洗い上がったまな板と窓辺の光

夏は、除菌シートやアルコールスプレーがいちばん動く季節です。手指、まな板、ドアノブ。菌を減らすことは確かに大切で、夏の台所では欠かせない作業です。ただ、私たちの体は菌のいない状態を前提には作られていません。皮膚にも、口の中にも、腸にも菌が住みついていて、その一部は私たちの側に立って働いてくれています。日々培地の上で菌を数えている立場から、「必要な除菌」と「行き過ぎ」の境目はどこにあるのかを、あらためて考えてみます。

目次

常在菌とは何か ― 私たちは菌と一緒に暮らしている

私たちの体の表面と、外界につながる粘膜には、いつも決まった顔ぶれの菌が住んでいます。これを常在菌と呼びます。皮膚にはブドウ球菌の仲間など皮脂に適応した菌が、口の中には数百種類の菌が、そして腸にはさらに多様な菌が暮らしています。

常在菌の働きとして見落とされがちなのが、そこに居座っていること自体の意味です。皮膚や粘膜の表面は、菌が付着できる場所に限りがあります。すでに常在菌が場所を占めていれば、外から来た菌は定着しにくくなります。微生物学ではこれを定着阻害と呼びます。

さらに皮膚の常在菌は皮脂を分解して脂肪酸をつくり、表面をやや酸性に保っています。腸内細菌も発酵によって腸内を弱酸性に傾けます。この環境そのものが、外来菌にとっては住みにくい条件になります。腸内フローラの話も、突きつめれば誰がどこを占めているかという話です。

常在菌は、私たちが意識しないところで先に場所を取り、環境をつくっている存在だといえます。

除菌・抗菌・殺菌・滅菌は何が違うのか

日常で使われるこれらの言葉は、指している内容がかなり違います。検査室では区別が仕事の前提になるので、整理しておきます。

  • 滅菌:すべての微生物を死滅・除去する。培地や器具をオートクレーブにかける処理がこれにあたります
  • 殺菌:菌を死滅させる。ただし、どの菌をどれだけという範囲は定めていません
  • 消毒:病原性のある菌の力を減らし、害のない水準にする
  • 除菌:菌の数を減らす
  • 抗菌:菌が増えにくい状態にする

注意したいのは、表示のルール上、使える言葉が製品の区分で決まっていることです。「殺菌」「消毒」は医薬品・医薬部外品でなければ表示できません。台所用洗剤やウェットシートなど雑貨に分類される製品が「除菌」と書いているのは、そのためです。

つまり「除菌」と書かれた製品は、菌をゼロにすると主張しているわけではありません。数を減らす、という控えめな表現です。夏の食中毒の場面では、この「数を減らす」ことに大きな意味があります。

必要な除菌 ― ここは省略しない

ここまで読むと「では除菌はしなくてよいのか」と思われるかもしれませんが、そうではありません。必要な場面での除菌は、はっきり必要です。

特に次の場面は省略すべきではありません。

  • 生の肉や魚を扱った後の、まな板・包丁・手指
  • 調理前と食事前の手洗い
  • 感染症が流行している時期の手指衛生
  • 嘔吐物や排泄物を処理した後

夏の食中毒対策の基本は「つけない・増やさない・やっつける」です。除菌はこのうち「つけない」と「やっつける」を担う手段で、代わりになるものはありません。腸内環境を整えていれば食中毒菌に強くなる、といった話ではないという点は、はっきりさせておきたいところです。

大切なのは、目的のある除菌と、なんとなくの除菌を分けることです。生肉を扱った後にまな板を洗うのは前者、一日に何度も手指をアルコールで拭き続けるのは後者に傾きやすくなります。

行き過ぎたとき、何が起きるか

一方で、必要のない場面まで徹底すると別の問題が出てきます。

わかりやすいのは皮膚です。洗浄力の強い洗剤やアルコールを繰り返し使うと、皮脂とともに常在菌も洗い流されます。皮脂が減れば表面の酸性度が保ちにくくなり、乾燥や手あれにつながります。あれた皮膚は表面が不均一になり、かえって菌が留まりやすくなるとも指摘されています。

腸内細菌に関して影響が大きいのは、実は日用品ではなく抗菌薬(抗生物質)です。細菌感染症の治療に欠かせない薬ですが、狙った菌以外の腸内細菌にも作用するため、服用後しばらく腸内細菌のバランスが変化することが知られています。

ただしこれは、自己判断で服用をやめてよい理由にはなりません。抗菌薬は必ず医師の指示どおり、決められた期間を飲み切ってください。途中でやめることは、薬の効かない耐性菌を生む一因になります。腸内環境が気になる場合も、まず主治医や薬剤師にご相談ください。

また、幼少期に微生物と接する機会が少ないことがアレルギー体質と関係しているのではないか、という「衛生仮説」も知られています。ただしこれは現在も検証が続いている考え方で、結論が出たわけではありません。花粉症と腸内環境の関係も、まだ研究の途上にあります。

減らす発想から、育てる発想へ

除菌は「減らす」技術です。必要な場面では欠かせません。ただ、それだけでは常在菌のバランスは整いません。減らした後に何が残り、何が増えるのか。ここには育てるという別の発想が要ります。

腸内細菌でいえば、エサを与えることがその中心です。食物繊維は腸内細菌の発酵の材料になり、短鎖脂肪酸が生まれます。発酵食品も、菌そのものと菌がつくった成分の両方を運んでくれます。

もうひとつの考え方が、菌が生み出した有用成分を直接とるバイオジェニックスです。生きた菌が届くかどうかに左右されにくい点が特徴で、腸内環境への働きかけが期待される分野として研究が続いています。バイタレジーナは、この考え方に基づいた製品です。

除菌は道具であって、目的ではありません。生肉を扱った後のまな板は迷わず除菌する。その一方で、菌をゼロに近づけること自体を目標にはしない。この使い分けが、常在菌と付き合ううえでの現実的な落としどころではないかと思います。

まずは、除菌が要る場面とそうでない場面を、一度整理してみてはいかがでしょうか。

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