口のにおいを気にする人は多いのに、においが何からできているのかはあまり知られていません。においの主役は、食べたものそのものではなく、口の中にいる菌が私たちのからだの成分を分解したときに生まれる、硫黄を含む揮発性の化合物です。汗のにおいと同じ構図が、口の中でも起きています。においがどこで生まれ、なぜ朝に強くなり、そして「徹底的に落とす」がうまくいかないのはなぜか。検査室の視点から順に見ていきます。
口のにおいは、食べたものの残り香ではありません
起きたときに自分の口のにおいが気になる、という経験は多くの方にあると思います。歯を磨いていないから、あるいは前の晩に食べたものが残っているから、と考えがちです。ただ、においの正体を化学的に追いかけると、少し違う景色が見えてきます。
口のにおいの主役は、硫黄を含んだ揮発性の化合物です。硫化水素やメチルメルカプタンといった、ごく低い濃度でも強く感じられる物質が中心になります。これらは食べものにもともと含まれていたわけではありません。口の中で新しくつくられたものです。
つまり、においは残り香ではなく、口の中でいま起きている化学反応の産物です。そして、その反応を担っているのは私たち自身ではなく、口の中に住んでいる菌のほうです。
もうひとつ、においには自分で気づきにくいという性質があります。人の嗅覚は同じにおいの中に居続けると感じ方が鈍くなるため、自分の口のにおいは自分がいちばん判断しにくい対象です。気にしている方ほど実際にはそれほど強くないこともあれば、その逆もあります。だからこそ、感覚で判断するのではなく、仕組みのほうから考える意味があります。
においをつくっているのは、舌の上の菌
口の中で菌がもっとも多く留まる場所は、歯ではなく舌です。舌の表面には細かい突起が並んでいて、その隙間は菌にとって格好の住み処になります。鏡で舌を見たときに白っぽく見えるものは舌苔と呼ばれ、はがれた粘膜の細胞、食べもののかす、そして菌がまとまったものです。
この層の奥には酸素が届きにくく、酸素の少ない環境を好む菌が働きます。彼らが分解するのは、たんぱく質やそれを構成するアミノ酸です。硫黄を含むアミノ酸であるシステインやメチオニンが分解されると、先ほどの硫化水素やメチルメルカプタンが生まれます。
舌苔そのものは誰にでもあるもので、あること自体が異常ではありません。厚くなりやすいのは、やわらかいものが中心で舌をあまり動かさない食事が続いたときや、体調を崩して食事量が落ちたときです。舌が上あごに触れて自然にこすれる機会が減ると、たまったものが残りやすくなります。
この構図は、汗のにおいとまったく同じです。汗そのものはほとんど無臭で、においは皮膚の常在菌が汗や皮脂を分解したときに生まれます。口の中でも、材料はもともと無臭に近く、においは菌の代謝の結果として現れます。においは菌がいることの証拠ではなく、菌が何をしているかの結果なのです。
唾液が減ると、においは立ち上がります
同じ口の中でも、においの強さは一日のなかで変わります。いちばん強くなりやすいのは起床時です。
鍵を握っているのは唾液です。唾液には、口の中を洗い流す働きと、酸素を運ぶ働きがあります。日中は話したり噛んだりするたびに唾液が出ますが、睡眠中は分泌が大きく減ります。洗い流されず、酸素も届きにくくなった状態は、先ほどの菌にとって働きやすい環境です。ですから朝のにおいは、体の異常ではなく、多くの方に共通して起こることといえます。
緊張しているとき、口で呼吸しているとき、水分が足りていないときにも同じことが起こります。逆に、水を飲む、よく噛む、人と話すといった当たり前のことが、唾液を通してにおいの立ち上がりにくい側へ働きます。
ただし、強いにおいが長く続く場合や、歯ぐきから出血する場合は別に考えてください。歯周病やむし歯、全身の状態が背景にあることもあります。自己判断で対処を続けず、歯科でご相談ください。
舌は「磨く」より「なでる」
においの仕組みがわかると、次に「舌苔を落とせばよい」と考えたくなります。実際、舌の清掃はにおいへの対処として広く行われています。
気をつけたいのは強さです。舌の表面は薄く傷つきやすく、硬いブラシで力を入れて何度もこすると粘膜を痛めます。傷ついた粘膜からはたんぱく質がしみ出し、それがまた分解の材料になります。強い洗口液で口の中の菌を一気に減らした場合も、空いた場所には元の菌が戻ってきます。しかも、どの菌がどんな順で戻るかを私たちが選ぶことはできません。
除菌・抗菌と常在菌の話で触れたとおり、私たちの体は菌のいない状態を前提には作られていません。舌は磨くのではなく、奥から前へ、やわらかいものでなでる程度で足ります。目指すのは数をゼロにすることではなく、においが生まれにくい顔ぶれと環境を保つことです。
口と腸は、同じ理屈で動いています
硫黄を含む化合物が菌の代謝で生まれるという現象は、口の中に限った話ではありません。腸でも、たんぱく質が余った状態では同じ種類の物質がつくられます。場所は違っても、材料と菌の顔ぶれによって何ができるかが決まるという理屈は共通しています。
ここが、私たちが検査の現場で一貫して見てきたところです。菌がいるかいないかではなく、菌が何をつくっているか。この視点はバイオジェニックスという考え方につながります。菌そのものを入れること自体を目的にせず、菌が生み出す成分に目を向ける立場です。腸内フローラと口の中のフローラは、体の入り口として地続きになっています。枯草菌由来の成分を使ったバイタレクスのような製品も、この考え方から生まれたものです。気になる方は、正規取扱店で相談してみてはいかがでしょうか。
口のにおいは、菌がいることの証明ではなく、菌が何を分解しているかの結果です。落としきろうとするより、生まれにくい状態を整えるほうが理にかなっています。まずは、水を飲むこととよく噛むことから始めてみてはいかがでしょうか。