腸内細菌の話になると、善玉菌・悪玉菌と並んで「日和見菌」という言葉が出てきます。どちらにも属さず、強いほうになびく菌。そんな説明を見たことがある人も多いでしょう。ただ、この呼び名の中身をたどっていくと、菌を3つの箱に分ける見方そのものの限界が見えてきます。
「日和見菌」は、菌の正式な分類ではない
日和見菌は、日本の一般向けの解説で広く使われてきた呼び名です。菌の名前(属や種)のように、学術的に決まった分類ではありません。善玉とも悪玉とも言いにくい菌をまとめて呼ぶための、説明のための言葉です。
医療の分野には「日和見感染」という言葉があります。体の抵抗力が落ちたときに、ふだんは問題を起こさない微生物が感染を起こすことを指す言葉で、腸内細菌の話でいう日和見菌とは使われる場面が違います。
3つの箱の説明が広まったのは、わかりやすいからです。腸の中に数えきれない種類の菌がいると言われても想像しにくいですが、味方・敵・どちらでもない、と分ければ一度で頭に入ります。その代わり、箱に入れた時点で、その菌がいつでも同じ振る舞いをするかのように見えてしまいます。
つまり「日和見菌」と書かれていても、決まった菌のグループを指しているわけではありません。まずここを押さえておくと、このあとの話が見えやすくなります。
同じ菌が、場所と条件で違う振る舞いをする
日和見菌の代表としてよく挙がるのが、バクテロイデスの仲間です。大腸の中では、食物繊維のような大きな糖の鎖を切り分ける役を担っています。切り出された糖はほかの菌の餌になり、酢酸やプロピオン酸といった短鎖脂肪酸ができる流れの入口になります。いわば、受け渡しの第1走者です。この受け渡しは「酪酸は誰がつくるのか」で詳しく見ています。
一方で、同じ仲間の菌が腸の外に出てしまうと、感染の原因になることもあります。菌の性質が変わったわけではありません。いる場所が変わっただけです。菌の側から見れば、どこにいても、そこにある餌を食べて増えようとしているにすぎません。
餌の条件でも振る舞いは変わります。マウスを使った実験では、食物繊維を抜いた餌に切り替えると、腸の菌が餌の代わりに、腸の表面を覆う粘液を分解するようになったと報告されています(Desai et al., Cell, 2016)。ヒトで同じことがそのまま起きるとは限りませんが、同じ菌でも餌しだいで振る舞いが変わる一例です。
大腸菌も似ています。大半の株は腸の中で静かに暮らしていますが、毒素をつくる株も知られています。同じ種類でも、株が違えば別の菌のように振る舞います。
善い・悪いは菌にあらかじめ貼られた札ではなく、場所と条件と株の組み合わせで決まる。そう言ったほうが、実際に起きていることに近いのです。
「腸内の7割は日和見菌」という数字
日和見菌を説明する記事では、「腸内細菌の7割は日和見菌」という数字をよく見かけます。ただ、この数字の出典ははっきりしません。そもそも日和見菌が決まった分類でない以上、その割合を正確に出すことはできません。
腸内細菌の総数も、かつては100兆個と言われ、近年の推定では30〜40兆個とする報告もあります。数え方が変われば、割合も動きます。
腸内細菌の研究では、菌は名前(属や種)で記録され、「日和見菌」という区分で数えることはありません。「7割」は目安として語られてきた数字です。測った値として受け取るものではありません。
例外:顔ぶれが偏ったときに起きること
ふだんの腸では、たくさんの種類の菌が餌と場所を分け合い、互いに増えすぎを抑え合っています。ところが、抗菌薬を飲んだあとなどには、この顔ぶれが一時的に大きく偏ることがあります。それまで少数だった菌が、空いた場所で増えることもあります。
日和見菌の「強いほうになびく」という説明は、こうした入れ替わりをたとえたものと考えられます。ただし、なびいているのは菌の意思ではありません。競争相手や餌の条件が変わって、増えやすい菌が入れ替わっただけです。
裏を返せば、数の少ない菌にも役目があるということです。ふだんは目立たない菌が、条件が変わったときに受け渡しの穴を埋めることもあります。顔ぶれが多いことは、それ自体が腸の中の備えになっていると考えられます。
お腹の不調が長く続くときは、自己判断せずに医療機関に相談してください。
付き合い方:味方につけるより、顔ぶれを保つ
「日和見菌を善玉菌の味方につける」という言い方もよく見かけますが、菌を説得することはできません。できるのは、多くの種類の菌が暮らせる条件を保つことです。
その条件のひとつが、餌の種類です。食物繊維にも、豆・穀物・野菜・海藻・きのこと、いろいろな形があります。それぞれを切り分けられる菌は違うので、食べるものの種類が多いほど、居場所を持てる菌の種類も増えると考えられています。海外の大規模な調査では、1週間に食べる植物の種類が多い人ほど、腸内細菌の種類も多い傾向が報告されています(McDonald et al., mSystems, 2018)。食物繊維の違いは「食物繊維と腸内環境」でまとめています。
食事を変えると、腸内細菌の顔ぶれは数日のうちに動くことも報告されています。一方で、その研究では食事を元に戻すと、顔ぶれも元に戻っていきました(David et al., Nature, 2014)。一度に大きく変えるより、続けられる形で幅を持たせるほうが意味があります。
同じものを毎日食べるより、今週は何種類の植物を口にしたかを数えてみる。そのくらいの付き合い方で十分です。
3つの箱で菌を分ける見方は、入口としてはわかりやすいものです。けれど、腸の中で起きているのは、たくさんの菌による受け渡しです。箱の名前より、その受け渡しが途切れずに続いているかどうかに目を向けてみてください。